Thursday 26 March 2015

ヒルデおばあちゃんの、本当にあった心温まる話











昔むかし、二度目の世界大戦直後のお話です。

今や、ドイツの食料生産高一位の、この地方ですが、昔は殆ど農地などに出来ない湿地帯が広がる貧しい貧しい地域でありました。

戦後の大規模な冠水工事のおかげで、今があるのですが、同時に魚も動物も少なくなってしまったというのは、また別の話。


ポツポツと家のあるこの辺は、まだ電柱があります。

なので、戦前戦後に変わりなく、この辺の住民は、小作人として働く傍ら、自宅でも自給自足が出来るようにと、あらゆる物を育て保存していました。

そして大戦が終わると、物資の不足していた近郊の街へ、生産物をせっせと運んでいたそうです。


その中には、需要の大きかった蒸溜酒がありました。

もちろん、当時でも違法でしたが、こんな人里離れた集落、監視が行き届く訳はありません。

それまでも、各家庭で、自分たちが飲む分だけを作っていた村人たちですが、そんなに良い値が付くものを、黙って見ている訳はありません。

集落が一丸となって、密造酒作り
(これが、酒好きが多い理由なのかも。)



当時、まだ6歳くらいだったヒルデちゃんには、大事なお仕事がありました。

それは、お父さんや近所のおじさんが、家畜小屋で密造している働いているところに、お昼ご飯を持って行くことでした。


ある日のこと、
いつもの様に、お昼に小屋へ出かけたヒルデちゃんですが、小屋の様子が少し変です。

いつもは、ぶーぶーとうるさい豚や、ムシャムシャと咀嚼する牛の声が聞こえてきません。

それに、お父さんを大声で呼んでも、返事がありません。


恐る恐る、小屋に入ってみると、なんと、豚も牛もグーグーといびきをかきながら寝ているではありませんか!

お父さんたちが作業している二階部分に行くと、人間もいびきをかいて、仰向けになって寝ています。

子供ながらに、何かおかしいと感づいたヒルデちゃんは、すぐに近所の人を呼んできて、
事なきを得たのですが、今考えると、爆発寸前の状態だったそうです。



犬の後ろに写っているのが、当時のガラス瓶。


ヒルデちゃんには、もう一つ大事な仕事がありました。

それは、お父さんたちが、馬車でブレーメンまで蒸溜酒を売りに行く時に、付いて行くことでした。

街が近くなると、検問が厳しくなってきます。

なので、まだ真っ暗なうちに出掛けなければなりません。 ヒルデちゃんは、この役目が嫌でなりませんでした。

まだベッドで眠っていたいのに、叩き起こされ、お酒の入った瓶の上に敷いた、冷たい板の上に乗せられるのです。

そして、怖い怖い取締員がやって来て、ランプで顔を照らしても、寝たふりをしなければならないのです。

子供が寝ているところを見ると、大抵の取締員は、納得したようです。




ヒルデちゃん、アヒルと一緒に。


そして、時は流れて現在。

以前滞在していた町で、相方が新聞に掲載されたことがありました。

その数日後、ある一人の男性が訪ねて来ました。歳は70歳くらいだったでしょうか。

その男性は、相方の名字と出身地を見て、60年以上も前の記憶が蘇ったのだそうです。

当時の彼にとっては、ここはパラダイスの様だったと。

山盛りのりんごに、新鮮な卵も、ベーコンも、、、。街では絶対に手に入らなかったものを、馬車一杯に詰め込んで、家へ帰る道のりは、夢見心地だったと。

相方にとっては、自分の父親も生まれていたかどうかというくらい昔の話でしたが、遠くをやさしい目で見据えながら、当時の庭の様子や、家の様子などを熱く語ってくれたお話に、私達も共感せずにはいられませんでした。




そして、そのお話の中で、

ああ、そこの家には、確か可愛らしい女の子がいて、お父さんたちが積み込み作業をしている間、いつも一緒に遊んでたんだ。その時が、唯一子供らしくなれる時だったと。

となれば、私達の出番、その数週間後、ヒルデおばあちゃんを連れて、その男性を訪ねたのでありました。


当時の面影、残ってたかな?


百年の恋も一時で覚めたに決まってるって、みんなが言った。


今や、毒舌炸裂のヒルデおばあちゃんなのでありました。。。




おしまい。






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