私が初めてドイツに来たのは、ベルリン。
その頃は自分がこの国で犬を飼うなんて思ってもみなかったのだけど、街中にわらわら居るお利口な犬たちに驚いたものだ。
すごすごとご主人様の後を人ごみを避けながらフリーで歩いている犬に衝撃を覚えた。
パーティーや人の集まるところに行っても、必ず一頭は犬が居たりして、邪魔にならないように寝転がっていたり、シッポを振って近寄ってきて、撫でてあげると笑顔を振り撒いてくれる。
大学でも、犬同伴で講義に来ている人もいて、なんなんだ~このお行儀の良さは!と、驚くばかり。
でも、はて、当のドイツ人たちはどう思っているんだろう?それが当たり前だから気にもならないのか?など、疑問に思うようになってきた。
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| 授業に飛び入り参加したホワイトシェパードくん。学生の飼い犬。 |
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| 授業中は寝る。。。 |
そうこうしているうちに、田舎に住むようになり、出会った飼い犬たち、
吠える吠える。
日本で言うところの大型犬が普通サイズのドイツなので、
腹の底から出てくるような「オウッオウッ」という気合の入った鳴き声。
それに、
逃亡してくる犬も頻繁。
何度捕まえて、飼い主に連絡したことか。
まぁ、逃亡ではなく、自由時間を楽しんでいただけなんだろうけど。
うちのアカ姉さんも例外に漏れず、ほぼ放し飼いだった。
散歩に行こうと思っても、庭に姿が見えないので、探しに行って、ご近所さんに
「3分くらい前に通って行ったよ。」と言われて、こちらもアカのコースを掴んでいたので、次に行きそうなところを辿っていくうちに、タッタッタッタと嬉しそうに近寄ってきて、一緒に散歩を続けるというのが日常だった。
ところが、私達が住んでいた集落に、新しくお嫁さんがやって来た(←過疎化しつつあるので珍しい。)
そのお嫁さんに、「あんなに大きくて怖そうな犬を放し飼いにしては困る。」と注意を受けた。
小さなお子さんもいたので、もちろん注意しなければと、私は真摯に受け止めたのだけれど、何十年も同じように猟犬を飼い続けてきた家族にとっては、「は?何もしないのに?」
それでも、苦情は受け止め、庭に柵を作って、そこで寛いでもらうことにして、散歩も一人では行かないように言い聞かせた。(←それが当たり前。)
それからしばらくして、村の集まりか何かで、そのお嫁さんの旦那さんと小さな娘さんに会ったので、「ごめんね~」と話しかけたら、「ああ、この子なら大丈夫だよ。」と言っているうちに、娘さんがアカの前に仁王立ちになって、「アカ、あっちいけ!!」と怒鳴った。
アカは耳を足れて、その場から静かに去ろうとした。
あ、犬が怖かったのは、お嫁さんだったのか?
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| 久しぶりに登場のアカ姉さん。私が怖いですって??? |
いや、そうではないらしい。
そのお嫁さんは、街からやって来たので、普通の飼い犬がふらふらと歩き回っていること自体が、おかしいと感じたそうだ。
今考えてみると、それもそうだと思えるのが、その時は、初めて住むドイツの田舎で、ドイツの田舎とはそういうもんなんだとあっさり受け入れてしまっていた。
とにかく、
都会にいる犬の印象と、田舎で自由奔放に暮らす犬との印象がずいぶん違うなぁと、思うようにもなってきた。
それで、知り合った年代が少し上のドイツ人に、それとなく聞いてみると、
みんな口を揃えて言うには、
「昔の犬はひどかった。」
吠えられるし、追いかけられるし、最悪な場合、噛まれたという人も少なくない。
うちの相方も、新聞配達をしていた少年時代に、シェパードに噛まれている。
その上、「詫びの一言もなかった。」そうだ。
今なら、考えられない。近所の猫を追いかけただけで、警察沙汰になるくらいなのに。
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| こちらもど田舎に住む犬たち。都会とは違った意味でお利口さん。 |
じゃあ、どの辺で変化が現れ始めたんだろう。
あるおじ様がおっしゃるには、近年のテレビや他メディアの影響で、「犬の躾とはこういうものだ」という考えが、田舎にも浸透してきたのではないかと。
それに伴って、田舎にもドッグスクールや個人ドッグトレーナーなるものが現れはじめ、飼い主の意識が徐々に高まってきたと言う。
その他、上に書いたうちの例のように、違った考えの人が入ってくることで、変化がもたらされたというのもあるだろう。
ということは、
都市部と田舎では、犬の飼い方における考え方にかなりの格差があった、
意識の高い飼い主は、昔から存在していたけれど、全てに於いてはそうではなかったところが、徐々に浸透していった、ということなのかもしれない。
そんな取り留めもないことをふと考えた秋の夜長。
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました!